固定観念とは
いつも頭から離れないで、その人の思考を拘束するような考え。固着観念。
という意味です。
- ああしなければいけない。
- こうしなければいけない。
- そうするべき。
- こうするべき。
その様な、自分の中に強く強く存在している考えが固定観念。
これは、生きていく中で人それぞれの生活、境遇の中で自然と生み出されている。
たとえその時に自分には関係の無い物事でも、周りや世間がある選択を多くしているのなら
知らず知らずの内に影響を受けて固定観念へとなっている事もある。
例えば
- 実家を出て行って生活出来たら一人前、自立出来ている。そうせずに実家暮らしをする大人はいつまでも親の脛をかじって甘えている。
私の考え↓
いや、そんな事ないやろ。そもそも子供を産んだ親が責任持っていつまでも子供を愛して、助けて、ってのも親の責任としてあると思う。
子供が成人しようが年取ろうが、そこの関係性は変わらん訳やし、自分の親に「甘えれる」ってのは永遠に持ってる子供の特権なんじゃないか。
と思う。
ただ、それで自立できずにいたら良くないとは思う。でも、家族なんやからずっと一緒に住んでてもむしろ普通やし
理由もないのに世間体を気にして家を出て生活した方が良いと思って、わざわざ一人暮らしして余計に出費して大変な思いするなんて、ただ余裕無くして生活するだけなんじゃないか?。
しかもそういう場合大体みんな親から仕送りしてもらってるはずやで。
それやったらわざわざ家から出る必要無いんじゃないか?。
と、私は色々考えて思った。
実際わたしは今実家暮らしで家族と飯を共有しながら生活してて、その代わり家事をして家族の負担を減らしてる。
相談受ける事もあるし趣味の話で盛り上がる事もある、グチを聞いて共感したり笑い合ったりもしている。
支え合っててとても良い形を作れている。
つまり、親孝行が出来ている✨
この形をわざわざ世間に合わせて崩す気は全くない。
固定観念って視野を広げて、柔らかい思考を持つと見えてくる。
そして
周りからどう思われるかってのを気にしない強ささえ持てたら何とかなる。
結局そこやねん、固定観念を崩していくってのは
『より自分らしくなっていく』
って事やと思うねん。
色々な場面、選択で固定観念の壁は出てくる。
その壁は自分で作り出してる硬い壁の時もあるし、大勢の人の壁の時もあるんじゃないか?。
その壁を壊す時には多くの場合、勇気やエネルギーが必要となるし大変な時もあるけど
固定観念から解き放たれていく人生は
自分を頑張って着飾らなくて良いから楽やで👏
もし、何か一步踏み出したくても勇気が持てないとき
私はこれを読んだあなたを応援する!
それは覚えていて。
それじゃ
日々お疲れ様ですm(_ _)m✨
ばいちゃーー(^^)/~~~